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200721月30日更新
途絶えた演目を復活 中津川の地歌舞伎 国立劇場で公演 絶賛
2006年4月12日 文化面
家来と別れを惜しむ為朝(右)=東京・国立劇場で
▲家来と別れを惜しむ為朝(右)=東京・国立劇場で
為朝の強弓に射られた船がパックリと割れた=東京・国立劇場で
▲為朝の強弓に射られた船がパックリと割れた=東京・国立劇場で

 東京・国立劇場で3月に催されたイベント「中津川の芝居」は、岐阜県中津川市に伝わる地歌舞伎や文楽人形芝居を次々と紹介。現在の歌舞伎では途絶えた演目や芝居の型を披露した。平安時代の弓の名手・源為朝の伝説に基づく地歌舞伎を復活、上演した東濃歌舞伎中津川保存会の取り組みを中心に地歌舞伎の魅力を探る。(山本哲正)
 「あれなる船を目前に、くつがえさせたびたまえー」。島流しにあった源為朝が、時の権力者の寄こした軍船に強弓を引くと、客席の頭上にスルスルと姿を見せた船の模型が、パックリと二つに割れた。為朝は「ハテ心地よきありさまじゃなあ」と笑い、島人たちも「大当たり」と喜び踊る。

 東濃歌舞伎中津川保存会が演じた「弓張月源家鏑箭(かぶらや)茅家(かやや)夢の場より八丈ケ島の場まで」の大詰めだ。長さ九十センチほど、しかも段ボール製の船の模型に終幕を託す大胆さは地芝居の真骨頂。会場からおひねりが次々と飛び、盛んな拍手が寄せられた。

 途絶えていた「弓張月」を復活させ、今回の公演の指導役を務めた保存会の振付師、吉田茂美さん(55)=中津川市北野北上町=は「心配した舞台転換もうまくいった。役者も張り切って立派に演じてくれた」と興奮さめやらぬ様子で喜びを語った。

 「地方に伝わる歌舞伎の魅力を紹介したかった。そのために中津川を選んだのは必然」と国立劇場の織田紘二芸能部長。「中央には、限られた流派、型しか残っていない。中津川の取り組みで面白い型を見ることができた。保存会は、二百年以上の伝統を持ち、新たな挑戦をする力も持っている」と絶賛した。

      ◇

 中津川は、江戸時代の中山道の宿場町として栄え、東西を行き来する歌舞伎や人形芝居の一座も立ち寄り、地元の人々との交流から、芸が伝えられた。一七〇〇年代後半には、旦那(だんな)衆が座興遊びとして地芝居を楽しんだ。

 明治に入ると、旦那衆は、素人ながら自分の名前に「中村」「片岡」と名字をつけて歌舞伎役者になりきり、中央の芝居にご当地話を入れてアレンジしたオリジナル芸題を演じていたという。

 そんな中津川の地歌舞伎も戦後は愛好者が激減し、保存会員も一時は十人程度に。上演さえ難しくなった。

 中心メンバーの一人だった吉田さんは一九八八年ごろ、かつての旦那衆に見立てて中津川青年会議所のメンバーらに声をかけ、保存会員を増やす努力を始めた。まずは人気の出し物で、途絶えていた弓張月の復活を目指した。

 弓張月は、戦に敗れて八丈島に流された源為朝の伝説が題材で、一八八一(明治十四)年、三世河竹新七が書き下ろした。初演は東京の大舞台・市村座だったが、むしろ名古屋、関西の小芝居として当たった。しかし、当時の中央歌舞伎界には、いったん地方で当たりをとると、大芝居として演ずることを嫌う傾向があった。弓張月も主に旅芝居、地芝居として伝承されたが、中津川宿など東濃でも一九七一年を最後に上演記録から消えていた。

 保存会は八八年六月、資料探しを地元や東京の研究者らに依頼した。明治時代の台本など約五十点の資料を得て、同年十二月から約三カ月間で五十三ページの平成版台本を作り上げた。為朝が「今のは夢でありしか」と語るせりふの意味は不明とされてきたが、島流しから許されて自宅に帰ってくつろぐシーンと判明。今回も演じられた。

      ◇

 現在では、保存会の会員は百人を越すまでになった。「中津川の芝居」は吉田さんにとって、芝居ファンに地芝居の素晴らしさを知ってもらうための機会となった。「本当の芝居は、地元で酒を飲んで、くだ巻いて見るものなんだよ」

 演劇評論家で日本演劇協会理事の藤田洋さんも、中津川保存会の弓張月を高く評価。市川猿之助のスーパー歌舞伎、三谷幸喜と市川染五郎によるパルコ歌舞伎と並べ「伝統、伝統というが、教わるままはただの伝承。これらの新しい動きには、歌舞伎が本来持っていた創造性がある」と、今後の活動に期待をかける。

    ◇

 中津川の芝居団体 今回国立劇場に出演したのは、東濃歌舞伎中津川保存会、恵那文楽保存会、加子母歌舞伎保存会のいずれも中津川市内の三団体。「弓張月」のほか、「伝言石井帰咲(つたえごといしいのかえりざき)」「義士十二刻潮田又之丞住家の場」など中央の歌舞伎には残っていない演目を披露した。中津川市内には蛭川、常盤座、坂下、安岐の歌舞伎保存会、付知歌舞伎同好会もある。

この記事は「中日新聞多治見支局」のご協力を得て掲載しています
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